昨日発表され、大きな話題となった西野カナの「無期限活動休止」の発表。
10年間、毎年アルバムを出して、ツアーをして、そりゃ、そろそろ休ませてあげないと、と誰もが思うでしょう。
同じくソニー・グループの2010年代を支え続けてきたアーティストとして、いきものがかりがいる。2006年のデビューより、(おそらく)全てのシングルがタイアップ曲。2017年年初に活動休止(放牧)し、2018年末の紅白歌合戦で復帰、年初に配信シングルをリリースした。
この時期は、乃木坂46が大ブレイクを果し、それに続く欅坂46など「坂道」系と呼ばれる、アイドルグループが大きな売り上げ、利益を上げたことも無関係ではないだろう。
いきものがかりの休止については、グループなので、もしかして解散や分裂などの不安を思い浮かべたファンも多いだろう。しかし、ソロアーティストの西野カナの場合、あえて「無期限活動休止」と発表することについて、どんな意味があるのかと考えてしまう。
この「活動休止」という言葉には、ファンの心を揺さぶるドラマがある。カリスマ的なロックバンドやアイドルグループにおいては、永遠の別れ、ぐらいの衝撃がある。
今回の西野カナの場合、そうではない。
走り続けてきたアーティストが一度、休み、クリエイティブなインプットを得る機会を得て、その後に続く、長期の活動計画を考える期間でもあると思う。
大きな意味は、毎年行ってきたリリースやライブがない時期にファンを不安にさせないよう、安心してもらおうという心遣いもあるに違いない。
さらに、ビジネス的な理由もある。
「活動休止」にはビジネス的な観点からも理由がある。
レコード会社や事務所には、社員が沢山いて、「音源制作」「ライブ演奏」「宣伝・販売」大きく3つの現場で働いてる。そして、ヒット曲等の作品、人気のあるアーティストを生み出し、「音源」、「ライブ」、「グッズ」「ファンクラブ」(音楽ビジネス4つの商材)で売上、利益を上げなければいけない。
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大きなアーティストとなると、プロジェクトの規模が大きくなり、長期の計画が必要になる。音源を売っていくにも1年単位の準備をかけるし、大きなライブを行うには会場を押さえ、半年前からチケットを販売する。
アーティストも、関わるスタッフも感情を持った生身の人間であり、いろんなコンデイションの中で、全人格をかけて、心を揺さぶる音楽を生み出していく。
当然、行き当たりばったりで、活動しているわけではない。
1年単位でプランを立て、ファンに向けて何を届けていくか計画し、そして、給料や制作費計上しなければいけない。売り上げについては、もっとシビアだ。エンタメ・コンテンツの売り上げは、上下のブレが激しい。大ヒットする事もあれば、伸びない事もある。大コケすることだってある。
言うまでもない事だが、アーティストも、ヒットや人気に影響を受けながら、収入を得る仕事としている。そんな浮き沈みの激しい音楽ビジネスいおいて、西野カナや、いきものがかりは、人前に晒されるプレッシャーを受け続け、常にヒットを出し続け、タイアップの要求に答え続け、お客さんを楽しませることで、ソニーグループを支え続けたアーティストと言える。
沢山の人が支えるエンタメ業界
当然、CDショップや配信サイト、グッズやコンサート業者など、アーティストに関わる仕事で収益を上げている事業者も沢山いる。
つまり活動休止とは、この計画、事業プランの中で、そのアーテイストの事業をストップするという意味がある。1年ないし、2年の間、このアーティストからの収益は無い。
その間、中心スタッフは、次の活動に向けての準備を行い、それ以外のスタッフは他のアーティストの仕事を行う。または、旧譜の販売促進やベストアルバムなどの企画を進めて売り上げを立てる。
活動休止宣言は、この業界の人々へのアナウンスであり、礼儀でもあるのかもしれない。
サザンオールスターズの活動休止
2008年にサザンオールスターズが活動休止を発表し、解散ではないかと話題になったことがある。
所属事務所のアミューズの株価は下がり、多くの人が働き、給料を得ている大所帯の会社に少なからず影響を与えただろう。桑田さんの病気療養も大きな理由だったのだろうと思う。
2013年にサザンは活動を再開するが、その後、サザンオールスターズのリリースと桑田さんはソロリリースは毎年行われ、確実なヒットとセールスを達成している。このリリースがあるかないかによって、年度の収支に多大な影響がある。
サザンや桑田さんが働かされている、こき使われている等というレベルの低い話ではない。ビッグアーティストは、彼らの作る音楽を心の支えにしているファンの気持ちに答え続けると同時に、音楽を届けていくために必要な大規模なスタッフの生活を支えるためには毎年リリースし続けていく事を受け入れている。
その責任を知っているのだ。
余談
桑田さんで思い出すことがもう一つ。
「桑田佳祐の音楽寅さん」という番組があった。
桑田さんが番組内でゲストと一緒に企画、歌唱をする番組だったが、そのタイトルに「寅さん」とあることについて考えさせられた。
「寅さん」とは、故渥美清さん演じる、映画『男はつらいよ』の主人公、フーテンの寅さん、テキ屋・の寅さんのこと。
渥美清さんは、この「寅さん」という役に後年全てを捧げ、イメージを崩さないためにそれ以外の露出を行わなかったらしい。 そして、映画会社松竹の売り上げのかなりの部分を占め、日本国中に愛された役を48作演じ続けた。亡くなられた時に、「死ぬときぐらいは寅さんをやめさせてほしい」と言い、葬儀は近い家族のみで行われたそうだ。
渥美清さん自身は、テキ屋というよりスマートなモダンコメディアンとしての役者・芸人を目指していたそうだ。「寅さん」が、渥美さんの素であると思っている人が多いが、それは、彼の徹底した役作り、イメージ作りの結果のようだ。
音楽家である桑田さんは、役者である渥美さんとはジャンルが違う(音楽は演じきれない)ので、一緒には出来ないが、何か重なるところがあるのだろう。
ぼくのりりっくのぼうよみの引退
こちらも話題になりましたが、音楽をやめるとは一言も言ってないので、メジャーなシステムから離れて、コンスタントなリリーススケジュールから自由になるという意味なのかなと感じました。スケジュールや大きな組織の動きに縛られず、クリエイティブ重視で、ネットの自由さの中でに活動したいという意志を彼なりのユニークな発信と、メジャーシステムを否定するような言動せず(誰も傷つけず)、発信したいという彼なりのやり方なのかなと思いました。
一昔前なら、メジャーシステムから離れる=音楽生命の終了、すなわち「引退」でしたが、今の時代、充分活動を続けていく事は出来ます。
ただ、メジャーヒット、お茶の間スターを目指すという点では「引退」なのかもしれません。
メジャーとは何か?
よく「メジャーとインディの違いは?」と聞かれることがある。
海外においては、3大メジャー(ユニバーサル、ソニー、ワーナーのこと)、日本ではレコード協会に加盟している会社のこと、と定型で答えるが、もっと掘り下げると、コンテンツを世の中に安定供給できるシステムに沿って活動するための所属というようにも答えている。
日本で言えば、毎年、年度ごとに採算や収益を計算し、アルバムリリースやツアーを行う事だろう。
ワールドクラスになれば、アルバムリリースと全世界ツアーが時間がかかるので3年周期ぐらいか。
ネットの進化によって、アーティストがユーザーに直接、作品や情報を届けられるようになったが、規模が大きくなる中でコンスタントな発信を続けビジネスを成立するとなると、やはり、多くの人の力が必要になる。
毎年コンスタントにリリースとなると、当然クリエイティブに影響を与える事になる。いつもいつも斬新な発想や、特別な作品を作り続けるのにも限界がある。
しかし、メジャーとは、それをやり遂げなければいけない。
でないと事業として成立しない。
この仕組みが、時によって「クリエイティヴィティ」を抑圧する。
そのアンチテーゼとしてインディだったり、作品主義的なスタンスの活動がある。
メジャーの中にも、この「システム」と「クリエイティヴィティ」を両立する会社やプロジェクト、アーティストがいる。
そんな離れ業を行うアーティストは当然尊敬される。
そんな時代のシンボルが、渥美清さんであり、桑田佳祐さんなのかもしれない。
この不可解な文化、「活動休止」、さらに言えば、「解散」「引退」「卒業」、、に何か理解の糸口になるヒントを得てもらえましたか?
毎年コンスタントにリリースし、しっかりヒットさせ、ツアーを行って、ファンの人生に寄り添うアーティスト、クリエイティブを優先し別の形の挑戦をするアーティスト、どちらも大変な事だと思います。