日本が乗り遅れたグローバル音楽ビジネス潮流 -「MusicTechRadar Vol.3」レポート

世界の音楽ビジネスの売上が上昇している。

この好調傾向をけん引するのはサブスク・ストリーミングサービスだ。
ところが、活況な音源ビジネス業界において、主要国で2019年唯一下降したのが日本なのはご存じだろうか。大きな理由の一つは、特典会商法でフィジカル(CD)を延命させた「ガラパゴス」状態が、サブスク・ストリーミングを中心とするオンライン対応への著しい遅れをもたらせてしまったことだろう。

「サブスクは儲からない。CDが売れなくなる。」

ビジネス側、アーティスト側、リスナー側も、このような誤解から、乗り遅れてしまったのが日本の音楽ビジネスだ。
さらに、ご存知の通り、このパッケージやライブといった「リアル」への偏重が、現在のコロナ・ショックの打撃をモロに受ける結果となってしまった。

しかし、世界はもっと先を進んでいる。サブスク解禁さえすれば業績が上向くかと言えばそんな簡単な話ではない。それは前提だが、もっと先なのだ。

業績を好調化させた欧米の音楽シーンの縮図といえるMIDEM(国際音楽産業見本市)にで行われていることについて、MIDEMの日本窓口である鈴木貴歩さんから、2周3周の周回遅れの日本の音楽ビジネスに何が足りないのかがわかる、貴重なお話を聞けたのでレポートしたいと思う。

 

MusicTech Radar Vol.3 「MIDEMから学ぶ世界のMusicTech最前線」

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鈴木貴歩さん(ParadaAll代表)にお話し頂いたのは、私が関わっているニューミドルマン・コミュニティの月一回のMeetUpイベント「MusicTech Radar Vol.3」(5/10)。

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「エンターテック」の提唱者 鈴木貴歩さん
鈴木さんは、TAITO→MTVジャパン→ユニバーサル→独立、、と、日本独自の”音楽×デジタル”の元祖である「着うた」事業から、MTVやユニバーサルミュージックでの世界音楽シーンとの接点を多く経験された経歴を活かし、現在「エンテーテック」を掲げ、音楽エンタメのデジタル化をリードするParadeAllの代表として貴重な発信や、多くの企業への協力を行っている。ニューミドルマン・コミュニティでは初期より、その見識や最新の情報を提供して頂いている。昨年より、今回のテーマであるMIDEMの日本窓口を勤められている。

 

50年以上の歴史を持つ世界最大の音楽見本市

MIDEMは、フランスのカンヌで行われているMarche international du Disque,de L’Edition Musical et de La Video Musique の略称。日本語だと国際音楽産業見本市。50年以上の歴史を持つ、音源、出版ビジネスにとって重要なイベント。日本の音楽業界にとっても、このMIDEMで存在を知ったアーティストを日本で売り出したり、ライセンスした楽曲を日本でカバーしヒットさせたりしてきた歴史がある。昭和歌謡から、ディスコ、ユーロビート、クラブミュージックなど、USヒット曲以外のヨーロッパ発の音楽が、このMIDEMを通じて日本に届いてきたと言える。
時代は変わり、近年、アーティストや楽曲のプロモートに加え、デジタル時代における音楽ビジネスのエコシステム構築を推進する重要な役割を果たしている。

 

国ごとの管理からボーダレスになった音楽ビジネスに対応

これを読んでいる人にとって当たり前の話だが、現在の音楽ビジネスは、サブスク・ストリーミングやYouTubeのように、オンライン中心のグローバル・ビジネスに移行しているため、既存の音楽ビジネスの国ごとに団体管理されたレーベル、権利団体、によっての動きだけではスピーディな対応は難しい。

【音源・著作権ビジネスのゲームチェンジ】
レコード会社中心の音楽ビジネス、コース料理→アラカルトへ

鈴木さんは、音楽ビジネスの潮流を「バリューチェーンの”アンバンドル化”」と指摘する。かってアーティストは、レコード会社との契約により、制作、宣伝、流通に至るまですべての過程の業務を委ねていた。それはレストランのフルコースを思わせる。前菜からメインまでのお任せだ。
しかし、デジタル時代の多様化した音楽ビジネスで起こっていることは、このようなお決まりのパターンではなく、アーティストやジャンル、リスナー傾向に合わせ、ケースバイに業者を選び組み合わせた、アラカルトメニューのような手法だ。
楽曲を配信はTunecoreのようなディストリビューターを使い、並行してCDや既存メディアへの宣伝等を得意とするメジャーレーベルと契約。さらにマーケティングツールを使い、自前で戦略を立てるなど、それぞれの業者や自前を組み合わせビジネスを構築する。

代表例として、インディ・アーティストの楽曲を全世界に配信するディストリビューターThe Orchard(ジ・オーチャード)は、K-POPグループのBTSの成功により、JYPともグローバル契約を締結。自前で音源の権利を持ち全世界をターゲットに柔軟にビジネスを展開するK-POPグループ、そして、このThe Orchardのような会社は、著しく成長を収めている。

オンラインでの透明性の高い数値の共有、データ分析などを提供し、アーティスト側の活動をサポートするこれらの会社は、テクノロジーとクリエイティブを結び付けている。

MIDEMでは、こういったレーベルサービスの最新動向を各カンファレンスで、当事者の登壇でのトークで報告されている。

 

【音楽スタートアップがビジネスを前進させる】
ピッチイベント「MIDEMLab(ミデムラボ)」

音源や著作権ビジネスの最前線の動向とともに、MIDEMで注目のポイントは、音楽スタートアップ企業シーンを輩出してきたMidemlabだ。ドイツ発のサービスSoundCloudのように、このMIDEMから世界に広がったサービスも生み出している。 
2008年にスタートした音楽スタートアップのピッチイベント「Midemlab」は、10年以上続き、数々の有名な音楽スタートアップを発掘し、世界に広めることに役立っている。Appleに買収されたASAIIや、Songkick、Echonestなど多くが、このMidemlabのファイナリストになり、このMidemlabにより広く紹介されている。

ストリーミング中心の音楽エコシステムをけん引したSpotifyに代表されるように、2010年代は、音楽スタートアップの存在が、アーティストや音楽企業のビジネスを豊かにする役割を果たしている。

 

Midemlabの4つの部門は以下の通り

・エデュケーション&クリエーション部門(教育、制作)
マーケティング&分析部門
・ミュージックディスカバリー/ディストリビューション部門(流通、マーケティング
・エクスペリエンス&テクノロジー

 


2020のファイナリストはこちらで
https://www.bakery-lab.tokyo/2019/05/midemlab-finalists/

斬新なサービスも大事だが、地味に見えるが、アーティストや権利者の収益を増やすような、音楽エコシステムに貢献するスタートアップが評価されている。
この姿勢は音楽ビジネスに携わる者にとって非常に重要に思える。

 

その他、Midemlab情報
https://www.midem.com/en-gb/innovation.html

(日本語)https://www.facebook.com/midemjapan/

 

音楽スタートアップへのアドバイス

音楽ビジネスとテクノロジーがより結びつき、発展するためには?

・課題解決、特に業界のペインポイント(弱点)を理解し、テクノロジーで解決
・アーティスト、作家などクリエイターのブレイク、収益改善、効率化を支援する
・新しい価値を創出する

スタートアップが考えるべきこと・・・音楽ビジネスにインクリメンタルな価値・・・つまり、これまでにプラスした収益やメリットを与えられるか?が大事。

逆に、業界側も課題、弱点を開示して、協力を広く仰いだほうがいい。課題や弱点がわからないことには、スタートアップ側も的外れな開発に労力を注ぐことになり、せっかくの音楽の未来に貢献したいと考える起業家たちの熱意が無駄になってしまい、音楽ビジネスが時代に取り残されてしまうことになる。

 

新しい音楽ビジネス・エコシステムの理解
世界には標準のデータセットがある

全世界を一瞬で駆け巡るネットにおける音楽流通の時代に、ビジネス面でも世界標準のルールに沿っていないと、いくらいいアーティストや作品であっても、どこかで詰まってしまうだろう。スタートアップに必要な標準のデータセットの代表的なものは以下だそうだ。

ISRC 曲ごとのコード
・ISWC 作詞作曲のコード
・IPN 実演家のコード
・DDEX 流通の際のクリエイター表記のデータ
・CWR 作品フォーマット

大手のレコード会社や著作権団体や出版社などは、知っているだろう国際的なデータ設定だが、ベンチャー、スタートアップが切り開く時代においては、日本のスタートアップもこれらを知っていなくては、同じ土俵には上がれない。

 

【まとめ】なぜMIDEMなのか?

昨年より、鈴木さんがMIDEMの日本窓口を担当されているの知っていつつも、それがどんな意味なのかは理解していなかった。

今回話を聞き理解できた。
私たち音楽ビジネスマンやアーティスト、クリエイターは、音楽スタートアップとより良い関係で、デジタル音楽エコシステムを発展させていかなくてはいけないのだ。
音楽の収益を上げるためには制作・宣伝・営業も大事だが、加えて、起業家たちと交流し、現場で何が起こっているか知ってもらい、お互い刺激を与えあうような場が必要なのだと。私たちも、このニューミドルマン・コミュニティやTECHSなどで、それを行ってきたつもりだ。しかし、このMIDEMはそれを業界全体の規模で実現している。このマインドや行いこそが、全世界の音楽ビジネスの業績向上に大きな力となっている。日本でも音楽業界全体がスタートアップを支援することでビジネス全体を活性化するような場を作れないものだろうか?一部の人間だけでやっていても世界には追いつけない。鈴木さんはそのように考えているのだろうと思う。

 

今年は、コミュニティ・メンバーで現地で視察旅行を予定していたが、残念ながらコロナにより、リアルでの参加は無くなった。
しかし、MIDEM Digital Editionとしてオンライン開催、無料で参加できるとのこと。これを読んだ人は、日本からも多く参加し、世界の音楽市場の最前線に触れてほしい。そして、一緒に音楽の未来を切り開くメンバーとして、一緒に頑張っていければと思う。

 

 

 

そして、次回は6/7開催。

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ゲストは、野本晶さん
マーリンジャパン株式会社 ゼネラルマネージャー
1970年生まれ。愛媛県出身。ソニー・ミュージック、ソニー・コンピュータ、ゾンバレコードジャパン、ワーナーミュージックを経て、2005年からiTunes株式会社にてレーベルリレーション担当としてiTunes Storeの立ち上げに参加。12年よりSpotifyに移籍、16年以降の日本展開を牽引する。18年に独立。19年5月、世界的なインディペンデントレーベルの為のデジタルライツエージェンシー、マーリンジャパン株式会社ゼネラルマネージャーに就任。
http://www.merlinnetwork.org/jp

 

その前に、5/31こちらのイベントも!

nmmmeetupextra05.peatix.com

 

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脇田敬

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著書『ミュージシャンが知っておくべきマネジメントの実務』,