デジタル化が生む、音楽ビジネスの急成長~「MusicTechRadar Vol.4」レポート

コロナ渦により、大きなダメージを受けた音楽ビジネスだが、音源ビジネスについては、ストリーミングを中心としたデジタル化による業績上昇の勢いが更に急上昇していくことが予想されている。デジタル化が遅れている日本においても、逆に伸びしろが大きく、コロナ渦の今こそDXを進め発展する好機と考えたい。


先日開催されたMeetUpイベントにおいて、ニューミドルマンコミュニティのフェローに就任して頂いた野本晶さんにゲストで話してもらいました。iTunesSpotifyと常に日本のデジタル音楽ビジネスを先導する役割を果たしてこられた野本さんは、現在マーリンジャパンの代表を勤められ、変わらず日本の音楽シーンのデジタル化において大きな貢献をされている。

今回のMeetUpは、デジタル時代の音楽ビジネスに日本のアーティストや音楽関係者がどこに向かっていくかを考える貴重な機会になった。

 

■ストリーミングでV字回復、そして今後の急成長

野本さんが参考資料とした投資会社ゴールドマンサックスが発表したレポートをによると、世界の音楽ビジネスは2030年には2倍以上の規模となるそうだ。いまだに「CDが売れない」ことが、話題の中心である日本の業界にはピンとこない話かもしれないが、ゴールドマンサックスが音楽業界に忖度したり、数字を盛ったりする理由もないので、データ分析の結果の予測としてはかなり妥当なのだろう。

この根拠となっているのが、近年、SpotifyApple等の有料会員数の大きな伸び。この伸びが、デジタル音楽ビジネスの未来をポジティブなものにしている。特に2017年のSpotifyの伸びは大きなインパクトとなった。Spotifyが音楽ビジネスを変えたと言われるのは、この点だろう。音源ビジネスが成長し、ライブビジネスを抜き、音楽ビジネス全体の中で大きな割合を占めると予測されている。

 

■デジタル化がもたらす音楽ビジネスの成長

今後、さらに大きい歴史的な売上上昇が起ると予測されている。世界的に見ると、2020年は18%上昇が予測され、2030年には、先進国2倍、発展途上国3倍の規模となっていくと予測されているそうだ。

ストリーミングを中心とする音源ビジネスにおいては、新譜と旧譜の割合が半々ぐらいになる。このことは歴史が長いレーベルが有利といえる。このロングテールの売上はレーベルに高い利益率をもたらす。

還元率も現時点では高い。現在も、プラットフォームは原盤出版合わせ、2/3をレーベルに返している。規模が大きくなることで収益は伸びていく。

また、今時の若い層は、音楽にお金を使わないという言説が良く聞かれる。果たしてそうだろうか。ミレニアム世代18-34歳は、音楽にお金を使うと分析されているようだ。

このような急成長は日本ではイメージしにくいかもしれないが、まぎれもなく今進行している。これも、音源ビジネスの今後の成長の好材料となっている。

 

■日本はどうする?

デジタル化により、業績をV字回復させ、これからの急上昇を予測される世界の音楽シーンから、約5年遅れていると言われる日本の音楽ビジネスにとって、デジタル化(DX)は緊急の課題と言える。

野本さんからは、取り組むべき3つの課題が話された。

 

Be Digital (デジタル!)

確実な成長分野、デジタル分野の優秀な人材の育成、確保。レーベルの規模に合わせたディストリビューションにおいて、デジタルに強いスタッフを確保して、いかに動かすかが成功への鍵となる。

Be Glocal (グローカル!)

海外(グローバル)、日本(ローカル)の2つはすぐ理解できる、もう一つ重要なのはグローカルだ。「世界のローカル」、つまり、海外の国々もそれぞれのローカルなマーケット特性を持っており、そこを攻略することが、重要なのである。日本の音楽ビジネスは、日本向けのマーケティングは上手だが、海外のローカル対策がこれから必要となる。

Be Independent(インディペンデント!)

効率的なマーケティングプランを考えるためには、カンや感情に頼らず、冷静なデータ分析が必要。驚くべき発達を果たしたツールを活用していくことが必要になるだろう。

 

現在成功している海外の音楽ビジネスは、現状認識、データに基づいた分析、決定している。日本の音楽ビジネスが、急上昇の波に乗り、飛躍を遂げるためには、これらに取り組んでいくことだろう。

 

2000年代、2010年代を振り返る。
日本のデジタル化の遅れはなぜ起こったか。 

さて、未来を考えるには過去も振り返りたい。

2004年より7年間iTunes、2012年Spotifyに転職され、各レーベルとのライセンス交渉を担当された野本さんは、進まなかった日本の音楽ビジネスのデジタル化について、何が起こったかを一番肌で感じた人かもしれない。

 

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■iTunesMusicStoreは、なぜ日本で成功できなかったか

パソコンにある、音源データをiPodに入れて、大量の楽曲を持ち運べ聴ける。Appleが起こした音楽リスニングの革命は、次にiTunes Music Storeの登場により、インターネットで楽曲データを購入するプラットフォームへと大きな進化を遂げた。アメリカでは、ネットでの違法コピーやスーパーでのCDの安売りにより、CD販売店が次々と倒産する中、iTunesは音源販売の救世主となった。

しかし、そんなiTunesも、CDが売れている日本においては緊急の需要は無かった。また、レコード協会加盟各社が、レコード会社直営(レコチョク)で先行し、カタログの充実、i-modeの強みなどによって配信市場を独占した。これらの要因によってiTunesMusicStoreが音楽市場上位の国の中で唯一大きな成功ではない国となった。なぜ、一部の日本のレコード会社は楽曲ライセンスを許可しなかったのか?それは、制作から流通まですべて支配する日本の業界体制は、プラットフォームをAppleに持っていかれたくないと考えたからではないだろうか。また、iTunesの販売価格を巡って、合意に至らなかったことも大きいだろう。当時iTunesは1曲99セントつまり150円での販売を希望し、日本ではレコチョクで300円~400円で販売していた。この差は大きい。

その後、日本での、レコチョクの成功、iTunesのつまづきは、2010年頃からのスマートフォン時代の到来によって大きく状況が変わる。ガラケーに依存したレコチョクは急速に売り上げを落とす。iTunesは数字を伸ばすが、音源ビジネスの中心となることはなかった。2010年に始まるAKB48選抜総選挙に代表されるCD特典会商法によるCDの延命、音楽リスニングにおけるYouTube、違法サイトの上昇の時代へと繋がっていく。世界が、Spotifyの普及によるサブスクリプション型ストリーミング時代へと移行していくが、日本の2010年代はCD,YouTube、違法サイトの時代となってしまった。 

 

Spotifyの日本での苦戦

野本さんは2012年Spotifyに転職、日本のレーベル各社と交渉を行う。違法音源を撲滅するという目的を掲げ、優れたユーザー体験を実現したSpotifyは音楽業界の救世主となっていくのだが、日本の音楽ビジネスは、世界で最もCDが売れる国としてフィジカル売り上げに依存した。ガラケーでの着うた成功体験もあり、サブスクを好意的に考えられなかったのだろう。

また、Spotify本国も、トップ3の邦楽の1つが揃ってない段階でスタートするべきではないというカタログへのこだわりがあり、サービススタートが2016年まで行われなかった。日本でのサブスク・ストリーミングのスタートは2015年。Apple Musicは、有料サービスとして先行スタート。世界でもレアなAppleが先行した国となり、現在、日本の有料会員の2/5はApple Musicである。ちなみに2位はLINE MUSIC。ソニー、エイベックス、ユニバーサルが出資するレコチョク的なポジションだ。現状大きな成功を収めているとは言い難い。LINEというユーザーベースの強さを持つ強みをサービスに活かしてほしいと願う。

世界各国でストリーミングサービスによる音楽市場の上昇を成し遂げたのは、Spotifyの無料プランから有料プランへと誘導する驚異的なコンバージョン率の高さだ。そのSpotifyの強みだが、日本の業界人、ユーザーにまだ理解してもらえていないのは残念だと野本さんは語る。

また、皆同じ曲を聴きたい日本人と、自分だけが知っている曲を求める海外のリスナーとのリスニング傾向の違いも今後の課題となるだろう。

 

■上昇する有料会員数

現在サブスクリプション型ストリーミングの日本での有料会員数約1500万人。邦楽アーティストのカタログも揃ってきており、会員数が2000万クラスに乗れば、弾みがつき、音楽シーンを上昇させると野本さんは考える。各国では、あるタイミングで一気にこの数字が伸びている。日本は、今のところ、ゆっくり右肩上がりであり、急上昇は、まだ来ていない。それは遠くないと予測している。

 

■価格

1か月980円という値段は先進国中世界一安い。世界の基準からすると1480円。つまり、かってのアルバム1枚分だ。毎月1枚アルバムを買うのと同価格と考えると妥当なのではないだろうか。音楽ファンにとっても、この1480円が高いとは思わない。しかし、日本では980円でスタートしてしまった。この日本の値段感覚を「ガラケー時代の呪縛」を感じさせる。この設定が今後、日本の音楽ビジネス、音楽シーンにどのような影響を与えていくのだろうか。

 

■マーリンについて

最後に、野本さんがジャパンの代表を勤めるマーリンについて説明したい。

最初に書いたように、世界的には、音楽ビジネスは上昇段階に入っている。「マーリン」とは魔法使いから命名され、デジタル時代の音楽ビジネスにおいて、みっちりと修業を積んだ魔法使いが目標を実現していくイメージだろうか。マーリンは、「グローバル」「インディペンデント」「デジタル」の3つの柱を掲げる。つまり、グローバルなインディペンデントなレーベルのためのデジタル代理店といった存在だ。

インディペンデント、つまりインディーレーベルの事だが、3大メジャー(ユニバーサル、ソニー、ワーナー)以外のレーベルのこと。SpotifyApple,YouTubeなど、全世界で強大なプラットフォームに対して、個別に交渉すると負けてしまうが、団体交渉を行うことで好条件を勝ち取る為に設立されている。世界の音楽配信の主要な30サービスと交渉、団体になることでより良い条件を勝ち取る。手数料はわずか1.5%から3%。運営費のみの非営利団体だ。加盟レーベルは、メジャーでなくても、好条件で、自分たちの音源を世界に届け、最新の情報を得る。インディーとはいうものの、日本の業界でのメジャーレコード会社クラスの会社が対象のサービスだが、世界の音楽シーンのカギを握る動きとして知っておきたい。

 

■最後に。。。デジタル化時代の流れを読む冷静なビジネス戦略が求められる

世界的な大型プラットフォーム企業の力が増し、巨大な力を持つ時代に我々は生きている。ストリーミング時代の到来で、プラットフォームに自国市場を握られたくないという考えにより、世界の趨勢に逆らい鎖国的な対応をとってしまったツケと向き合っていく時期が来ているだろう。
ユーザー体験が遅れ、アーティストもリスナーも世界の流れから置いていかれてしまった。今後、日本の音楽ビジネスが成長するためには、国内での成功体験に固執せず、プラットフォームを使ったイノベーションも視野に入れた冷静な戦略が必要ではないだろうか。

2020年代は始まったばかり、ここから急ピッチで世界の流れをキャッチアップし、日本の音楽を世界に発信する未来に繋がる行動を起こしていきたい。同じ思いを持つ人たちと出会いたいと思う。

 

■告知
次回のイベントのゲストは、NMMコミュニティもう一人のフェロー、ゲストに伊東宏晃さんをお迎えします。

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小室哲哉氏の現場マネージャーからキャリアスタート。 1998年よりエイベックス グループ内に「tearbridge production」を立ち上げ、長尾大多胡邦夫BOUNCEBACKなどの当時無名の新人作家を育成し、 作家プロデュースチームを組織化し社内外問わず数々のミリオンヒ ットをプロデュース、 またマネジメント会社代表としてSentimental Bus、ROAD OF MAJORSEAMOmihimaruGT木山裕策Beverlyなど個性豊かな実力派アーティストを発掘、育成、 ヒットへ導く。 アーティスト、音楽作家、クリエイター、 アスリート等のマネジメントから新人開発、レーベル運営、また、 FC、MD、 ECなどのプラットフォームビジネスまでエイベックスグループにて360度ビジネスの経営に携わる。 現在はtearbridge production株式会社 代表取締役

常に先進的な考えで日本の音楽ビジネスを支えてきた伊東さんのお話楽しみです。

musictechradar202007.peatix.com

  

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脇田敬

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著書『ミュージシャンが知っておくべきマネジメントの実務』,