J-POPアーティストが世界でヒットを出すには、言語の壁を超えなければいけないと言われている。しかし、もう一つの重要な壁が存在する。それは、ITプラットフォームのリコメンドを操るアルゴリズムだ。
2017年から2018年ごろ、日本でもビッグアーティストによる「サブスク解禁」の流れが生まれ、世界に扉が開かれたように思われた。メジャー・アーティストが世界のマーケットを意識した動きが起ったが、苦戦していることを約1年前のブログに書いた。
https://wakita.hateblo.jp/entry/2020/02/24/160844
その後、2020年コロナ禍により、メジャー音楽ビジネスの機能が停止した半面、TikTokから多くの新人ヒットが生まれた。TikTokのアルゴリズムは無名のアーティストを広め、Tunecoreで配信された楽曲はオリコン上位にもランクインしたことには驚いた。しかし、それらは国内マーケット内限定の動きであり、海外進出に関してはアニソンの一人勝ちと思われました。
日本語曲「summertime」世界ヒットの衝撃
しかし、そんな中、cinnamons×evening cinemaの「summer time」という”君の虜に”のサビで知られる日本語曲がアニメと無関係に東南アジア中心に世界ヒットを知り、日本語の曲の世界ヒットという事件に衝撃を受けました。
https://wakita.hateblo.jp/entry/2020/12/20/130750
日本から海外に曲を発信するには、「英語で歌う」ことがマスト。もしくは「アニメタイアップ」。この定説は覆えされました。「summertime」は、東南アジアのTikTokで最も使用された曲となり、日本でも聴けば誰もが「知ってる!」となった曲は今まで存在しません。この「summertime」は、TikTokやYouTubeを使ったデジタル・マーケティングで世界中に曲を広めていく事が可能である事を証明した画期的な曲となりました。事務所、レーベルであるグリッジ株式会社さんは、自称「音楽業界素人」と謙遜される異業種の方々です。彼らに詳しく話を聞く中で日本アーティストの海外展開についてもう一度考えさせられました。日本型システムに、楽曲の世界拡散を妨げる原因があるのではないか。。
下に、Spotifyで毎年発表される「世界で聴かれた日本のアーティスト」または「曲」のランキングについての各年のトピックを挙げました。(アニメ関係は扱っていません。)
■日本サブスク開始前
★2013年 海外のSpotifyで再生されたillion(野田洋次郎ソロ)
★2014年 日本のサブスク開始前に世界でブレイクしたBABYMETAL
★2015年 日本サブスク開始前に米ワーナーからリリースしたONE OK ROCK
■日本サブスク開始後
★2016年 ピコ太郎「PPAP」世界ヒット
★2017年 AmPm「Best Part of Us」がリリース。2017年2位2018年4位
★2018年 Yuki Sakura、小瀬村晶、Chihei Hatakeyamaなどインスト音楽
★2019年 宇多田ヒカルSkrillex 「Face My Fears (English Version)」
★2020年 cinnamons×evening cinema「summertime」
★2021年 松原みき「Stay with me 真夜中のドア」
何故、世界でヒットする日本アーティストは、日本で無名なのか?
ご覧頂くとわかるように、ほぼすべての曲が、日本でそれほどポピュラーでないアーティストです。
つまり、日本で人気があるアーティストは世界で苦戦する。
■星野源
星野源は日本を代表するアーティストであり、毎作品が多くの日本人の心を揺さぶるメッセージを発しているスーパースターだと思います。海外の音楽トレンドとも自然に接し、マーク・ロンソンとの共演やスーパー・オーガニズムやトム・ミッシュといったアーティストと共作した楽曲も実現しています。全世界にいくらでも心を動かされるリスナーがいそうな楽曲であり、プロモーションについてもApple MusicのBeats Oneで初の番組を行うなど、異例の待遇を実現し、世界に発信する意欲を感じました。
また、2021年最初のリリースである「創造」は、斬新なサウンドで耳を引き付ける楽曲です。
これらの楽曲がバイラルランキングに登場しないのは何故だろうか。Spotifyのアーティストページに表示される、リスナーの地域も日本の都市が表示される。
■嵐
東京オリンピックを視野に入れ、活動休止というゴールに向かいながら、SNSやサブスク解禁を行った嵐、ブルーノ・マーズとプロデュースした「Whenever You Call」など話題を呼びつつ、成果を残すことは出来なかったと言えると思います。日本を代表するアイドルグループであり、海外の日本カルチャー好きなら知っているはずであり、もっと盛り上がって良いのではないでしょうか。この結果にも腑に落ちないものがあります。
同じくアーティストページのリスナーの地域表示は日本国内です。
次に、Spotifyで世界で聴かれた上位常連3アーティスト「RAD WIMPS」「ONE OK ROCK」「BABYMETAL」の3つについても書きます。
まだ、日本でサブスクが始まる前、2012年からSpotifyで配信されている。(日本でのサブスク配信は2016年)。2015年にワーナーからアメリカでデビュー。のちにワーナー傘下のロック系レーベルFueled by Ramenとの契約し、この時点でアメリカのロック・シーンで認められたと言ってもいいと思います。西海岸系パンクやラウドシーンにアプローチし、アヴリル・ラヴィーン等現地アーティストよコラボを多く行ってきたこと、ライブ活動も行われ、J-POPとしてではなく、ロックバンドとしての認知を獲得している。ヴォーカルTakaのSNS発信も日本海外どちらにも偏らないよう意識しているように感じます。映画「るろうに剣心」で彼らを知ったアニメカルチャー系の客層がどれぐらいバランスか調べてみる必要もあるが、実写映画であり、メンバーやマネジメントはそこも考えた上でタイアップしているのではないかと思えます。2020年の「世界で聴かれた」ランキングにおいて、ニューリリースがない年で特定の曲のランクイン無しでありながらアーティストランキングに入るほど再生されている。いろんな状況踏まえてONE OK ROCKは世界進出を果たしたアーティストと言えるのではないでしょうか。
■BABYMETAL
日本でサブスクが始まる前にブレイクを果たした。2011年にYouTubeにアップした「ド・キ・ド・キ☆モーニング」MVが海外で話題となり、日本と海外どちらが先行したという印象なく早い段階で独り歩きし拡散した印象。そこから2年後2013年「イジメ、ダメ、ゼッタイ」でのメジャーデビュー。2014年アルバム発売タイミングでのTV『ミュージックステーション』出演しているが、その前に海外ライブも行っている。ライブ活動やプロモーションにおいても日本の音楽ビジネスの手法と海外での活動のバランスをとっていました。
世界で高い評価を得てヒットした映画『君の名は。』の音楽によって世界で聴かれるグループとなったRADWIMPSだが、2013年、まだ日本でサービス開始前のSpotifyで野田洋次郎のソロプロジェクトillionがイギリスを中心にプレイリストで広まった。このillionとRADWIMPSの再生とは連関はない。
なぜ、日本で人気のアーティストは海外で伸びないのか?
様々な事例について、掘り下げた研究が必要であるので、研究チームでも立ち上げたいところですが、現状の推測を書きます。
やはり、日本での人気が確立してしまったアーティストは海外に出にくい。
日本で流行っている音楽が「日本語」で歌われたローカルな音楽性であることが理由とされてきましたが、スペイン語や韓国語など、英語以外の曲も世界でヒットしている時代なので、それだけでは説明しきれません。
日本のプロモーション方法とアルゴリズムの相性の悪さ
Spotifyは、アルゴリズムによってレコメンドを行う。リスナーの聴取傾向のデータをもとに、オススメ曲のプレイリストを作成する。「ロック」「ダンス」「ポップ」などあらゆるジャンル、そして「リラックス」や「元気」「眠れる」などのシチュエーションや用途に合わせて、データを元にAIアルゴリズムとキュレーター、エディターによる二本立てで選曲が為される。このプレイリストこそが、リスナーが知らない楽曲に出会い、魅力を知っていくきっかけになっている。ここに上手く乗ると、どんどん楽曲が回転し広まっていくのだ。
日本のメジャー型の楽曲プロモーション、ファンの購買やリスニング傾向が、Spotifyにおける拡散のマイナスとなっていないか?
現状の日本でのリリースでは、配信開始まもなく、SNS告知やTV出演などで日本に住むコアファンが聴いたデータが蓄積し、その曲を聴いているリスナーが「日本人」で「日本人のアーティスト」を好んで聴くリスナーだと判定することになるだろう。特に、星野源や嵐のようなお茶の間人気のアーティストは偏ったユーザー属性と判断されてします可能性が高い。
全世界をフラットに見ているSpotifyのアルゴリズムは、自動的に日本アーティストを好むリスナー、つまり日本人の、さらに細かい男女や年代に限定したリコメンドするようになる。この層は全世界で見ると非常に狭い層になってしまう。
加えると、この傾向はSpotifyだけでなく、TikTokやYouTubeにも当てはまるように思っています。動画コンテンツを日本限定のものにしていないでしょうか?
「発売週ピーク」のプロモーション手法の問題
CD時代において、発売日に向けて露出やファンの盛り上がりを煽ることは、初週セールスを最大限にし、その後オリコンランキング上位に入ることで、ランキングプロモーションが有効に機能した。しかし、サブスクやSNS、UGM中心の音楽シーンにおいては、多様な広がりを持つことで楽曲の拡散が起るため、楽曲リスナーが「ある層」に極端に偏ることはマイナスになる。
日本においてのプロモーション手法は、サブスク等には合わないのだ。
フォロワー傾向が確立した後に、その層を超えて広げるには、意識的に既存層を広げるアプローチが必要になるだろう。Spotifyで海外で聴かれた曲の中で、ほぼ唯一、日本で人気を確立しているアーティストである宇多田ヒカルの成功は、Skrillexというダンス界のトップアーティストとのコラボであり、そのSkrillexのYouTubeアカウントで動画を配信した事など、様々な対策を打ったことが勝因だろう。J-POP好き以外のダンスミュージックファンにもアプローチしたのだ。
このアプローチは、Spotifyを使用していればよく見かける。イギリスのアーティスト、エド・シーランがクラッシック歌手と共演するのも、そういった狙いだし、アメリカのアーティストがラテンアメリカのスペイン語圏のアーティストと共演するのも同様だ。
アルゴリズムがその人の知りたい知識、情報、コンテンツばかりをリコメンドすることで、偏りを生み出すフィルターバブル、チェンバーエコーといった現象が近年問題になっている。日本の音楽においても近いことが起こっているかもしれない。
長年業界で機能し続けてきた、新譜を中心に発売2週ぐらいでプロモーションは終了し、次の新譜へと移っていくCDショップの販売サイクルとも連動した宣伝の仕組みは効率的だ。
しかし、cinammons×evening cinema「summertime」は発売3年後、瑛人「香水」は約1年後、YOASOBIなども、リリースしてからじわじわ上昇させている。デジタルマーケティング型のプロモーションは、長期の地道な宣伝で盛り上げ、ここぞというタイミングでメディアを使う手法が的を得ているように思う。
これまでの手法をやめる必要があるのか?発売週に露出を行うことは間違っていないが、その後、2-3か月地道にネットプロモーションを重ねて打ち続けるのはどうだろうか?
もちろんアーティスト本人、マネジメントが積極的に動くことがマストで、レーベル宣伝も、その動きと連動する事が重要だろう。海外ヒットとまではいかなくとも、海外の日本好きの聴取も自然に広まる余地を作ることでマーケットが広がる。アルゴリズムに今よりも偏りのないデータを認識させることが大事だろう。偏りから、グラディエーションした客層に変化させることで音楽シーン全体の活気を向上させると思う。
優秀なスタッフが多くいる日本のレコード会社
日本のレコード会社の宣伝チームには優秀なスタッフがおり、過去のノウハウが蓄積している。その力を効果的にセールスに結び付けるには、仕組みを少し変えることが必要だ。これを検討することで、デジタル拡散の打率は上がり、CD含め音源売り上げを向上させられると考える。
ファンのリスニングがアーティストの飛躍にマイナスになるという不幸な状況はあってはならない。
最後に、
毎月2回開催しているニューミドルマン・コミュニティMeetUpにて、2021年話題のヒット、シティポップ曲「Stay with me 真夜中のドア」について、ポニーキャニオンの今井さんから多くのお話を聞くことが出来ました。この曲も、日本より海外が先行した事例です。各社協力の下、このような研究を進められましたら日本の音楽シーンの発展に大きく役立てると思います。私としては、このニューミドルマンコミュニティや2022年4月よりスタートする大阪音楽大学ミュージックビジネス専攻での研究テーマとしたいと考えております。ご一緒してくださる方是非お声掛けください。
最後まで読んで頂いてありがとうございました。
次回のNMMイベントはこちら。
本記事と何の関係も無いようで、自分の中では繋がっています。
nmmmeetupextra20210305.peatix.com
Clubhouseの盛り上がりで注目の「音声SNS」について、私と山口哲一さんで語ります。私はClubhouseでも音楽ビジネストークやっております。「Takashi Wakita」@wakitaで検索ください。
musictechradar20210319.peatix.com
TikTokで「映画感想」で大きな影響力を持つ、しんのすけさんをゲストに、最新のSNS、UGMトークです。
そして、コミュニティの紹介。
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脇田敬
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著書『ミュージシャンが知っておくべきマネジメントの実務』,